明けましておめでとうございます
掃除したり、掃除したり、ネコにちょっかい出したり、掃除したり、ネコにちょっかい出したりの
年末から、新年恒例の駅伝観戦&親戚の集いで二日間が過ぎ、ようやく仕事初めです。
といっても土に触れる仕事ではなく溜りにたまった事務作業...
確定申告に向けぼちぼち準備を始めなければ。
さて、年の初めなので心新たにするために、これまでの人生を振り返ってみます。
といっても、何も面白味のない人生を淡々と過ごしてきました。
佐賀のど田舎に生まれた私は、とぼとぼ歩いて2~3分の自宅目の前の学校に入学し、
普通に小中を過ごす。
この頃からモノづくりには興味があり、映画の本編よりもメイキングが好きだったり、父親の仕事道具を買いにホームセンターへ行くのについて行って工具やネジ、いろいろな部品を見るのが好きでした。
性格は一言で言えば自尊心感情の強い内弁慶で、人見知りが激しため、今でもよく覚えているのが、買い物時に店員さんに探すモノがどこにあるか尋ねることが出来ず、必ず母に聞いてもらっていました。
中学の部活では人数調整でソフトテニス部へ。地元ではそこそこ強かった。
勉強が好きではなかった私は、ソフトテニスで地元高校から声をかけてもらい、受験を
回避できるならと入学。
高校時代も華やかなグループに属することなく地味に無難に高校生活を過ごす。
卒業後デザインの勉強がしたいと専門学校をこっそり目指すも、家族が就職を希望していたため、就職活動をやって不採用になれば家族も諦めるかと思い、進路指導の先生に勧められた地元企業の採用試験を受験。
が、まさかの採用!
この時、時代は就職超氷河期。
求人自体が極端に少ないこの時代に、数年ぶりに求人を出したという、地元では大手の企業に分類される会社に採用が決まり、もともと就職を希望していた家族は大喜び。
家族の喜びようや私を推してくれた先生への恩、学校への恩から行かないとは言えず、
不本意ながらそのまま就職。
バイト経験もなかった私は、人生初めての“一社会人”としての周りからの対応に、時には涙しながら帰ったこともありました。(←遠い目)
部署移動や行政への出向も経験し29歳。
それなりに後輩もでき責任ある仕事も任せられる一方で、小さい頃からあこがれていたモノづくりへの想いがずっとくすぶり続け、加えて高齢になって家業が辛くなってきた両親や家のことをどうするのか。
いろいろ考え抜いて、安定を捨てあこがれのモノづくりの世界へ。
陶芸を選んだのも、家業(陶芸とは無関係)のことや周りの環境が大きかったから。
不本意ながらも就職した会社でしたが、尊敬できる先輩や同僚に恵まれ、私の人生最大の財産をここで得ることが出来ました。
大袈裟でなく、本当に皆さんのお陰で何とか約11年勤めることができ心の底から感謝です。
そんなこんなの我が人生。80歳を寿命としたら人生の折り返しまであと数年。
こんなはずじゃなかったと親のせいにしたり、環境のせいにしたり、時代のせいにしたり。
それでも、なんだかんだそれを選択する決断をしたのは自分で、全ては自分のせいなんだと受け止めてみたり。
そんな揺れ動く気持ちを持て余した36年でした。
でした。というよりも、今現在も揺れ動く真っ只中です。
きっと私の性格上、一本背骨が通った人生にはならないことでしょう。
2017年も、迷い立ち止まり、座り込んだり、猛然とダッシュしたりの日々なんだろうなと思っています。
2017年も目一杯生きる!(笑)
長々と最後まで読んでいただいてありがとうございました。
今年もよろしくお願いします。
山崎瞳